今、ここ、どこか1 Manami
- 川上 まなみ
- 8月9日
- 読了時間: 2分
夏の匂い 川上まなみ
アイルランドの夏は不思議だ。玄関から出ると、夏の匂いがする。あ、夏の匂いだ、と思う。でも夏だと思うのに、アイルランドには匂い以外に「夏らしさ」が何もない。
日本の夏には、蝉の鳴き声がある。朝顔がある。夏に採れる野菜や果物がある。特に、日本では夏といえばやはり暑さだ。外に出るだけで汗がだらだらと出るような暑さに、だるくて嫌になりながらも「こういう時はアイスだ!!!」と家までの帰り道に思わずコンビニに寄ってしまう。風鈴の音でほんの少しでも涼しさを感じられるのも面白いし、蝉の鳴き声を聞くだけで暑さが倍増するような気がするのもなんだか変な感じ。
しかし、アイルランドにはそれらがなにもない。アイルランドの夏の気温は、14℃からどんなに暑くても20℃、半袖を着ると肌寒く感じる。さらに、寒がりの私は毎日薄手のジャケットを必ず着ることにしている。蝉の声もない。たくさんの種類のアイスもない。暑くもないから汗もかかない。そんな夏らしくない夏なのに、なぜか夏の匂いがする。その現実に脳が困惑している。
夏の匂いがどんな匂いかを説明しろ、と言われると難しいし、日本にいた頃は季節の匂いを感じることはほとんどなかったのにアイルランドが夏を迎え入れたとたん、私は「これはいつもの夏の匂いだ」と思っている。日本は「夏らしさ」がたくさんあって匂いが意識の外にあったのだろう。しかし、私はちゃんと夏の匂いを感じていた。それが嬉しかった。アイルランドにいる間はこの夏の匂いの濃いのを楽しめる、そう思っていた。
しかし、の帰国である。急に帰国が決まって私は2週間で、家を引き払い、仕事を辞め、荷物をまとめた。自分でも驚くほどのスピードだった。まだ私が日本に帰って来たことを知らない人もいる(このエッセイで知った人もいるだろう。連絡をしていなくてごめんなさい)。
日本の夏は暑い。夏に帰ってこなければならなかったこの状況にぐだぐだと言いたくなる。でも、読みたいと思っていた松村正直の最新歌集『について』が読めること、飛騨の桃がたくさん食べられることは嬉しい。日本の夏は暑い。夏の匂いは、もう感じられなくなってしまった。
白楊の綿毛となりて流れゆき忘れるのだろうかあなたのことも/松村正直『について』
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