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今、ここ、どこか17 Manami

  • 執筆者の写真: 川上 まなみ
    川上 まなみ
  • 2 日前
  • 読了時間: 4分

掴む 川上まなみ

 

 アイルランドから帰って来た私は、私の人生を予定外の方向に進めていくことしかできなくなった。3月まで住む予定だった国を離れて、日本へ帰る。無職。貯金は確実に減っていたし、やりたいことも無い。しかし、人生は進んでいく。


 その“予定外”のプランの中に、私は結婚することを決めた。元々、恋人とは、アイルランドから帰ってきたら結婚を考えようと話していたところだったので、予定外だったけれどある意味予定は予定だった。


 彼に「幸せにするよ」と急に言われたのは、確か結婚式の準備を始めた頃だった。プロポーズすらしていないままに結婚を決め、指輪も買わないままに結婚式の日取りを決めた私たちだったけれど、彼はたまに急にそういうことを言い出す。「結婚しよう」とか、「犬を飼って平屋に住もう」とか…また唐突に彼がそう言うので、私は、「別にしてくれなくていいよ。」と彼の精一杯の「幸せにするよ」を断ってしまった。


 こういうところが、私の可愛げがないところだというのは分かっている。笑顔で「嬉しい」と言えばいいのだし、「もう十分幸せだよ」とか言えば可愛い女性なのだろうけれど(そしてきっと妹や姪たちは上手にそう返事をするのだろうけれど)私は、なんといっても可愛げのないところが自慢(?)である。私は、こう続けた。「だってさ、誰かに幸せにしてもらう人生って変だもん。私は私の力で幸せになるし、だってあなたが私を幸せにする人生なら、あなたがいなくなったら私は幸せじゃなくなるってことでしょ。そんな人生、やだ。」


 彼は、「そうだった、こいつはこういうやつだった」という表情をしている。「言っても無駄だった。」という妙な納得した顔で、それでも「せっかく俺が言ってるのに…」と言った。いつもここまでが1セットである。私たちはこういうやりとりを何度もしていて、きっと多分、最近の彼はちょっと嫌がる私をわざと引き出す確信犯だ。


 でも、どうしても変だと思う。「君を一生守る。」という恋愛ドラマのあるあるのセリフに、私は「守るって、一体何から何を守るのだろう。守るってなにをしたら守ることになるのだろう。」と思うし、「世界で一番好きだ」というセリフに、「何を比較しているのだろう(ほかの人?それともハンバーグとか、食べ物も含まれるのか?ペットや趣味も?)」と思うし、「一生君を愛す」という言葉には、「絶対に時間が経つにつれて状況も気持ちも変化するのに、絶対に守れる保証の無い約束をしても大丈夫なのだろうか」と変な心配をしてしまう。…どおりで、私はずっと恋愛が下手だったわけだ。ずっとずっと恋愛が苦手だった。結婚をしなくても自分一人の力で生きていけると思っていたし、恋愛をする時間よりも友達と遊んだり仕事をしたりする時間の方がはるかに充実していると思っていた(実際、有名な手相の占い師さんが私の手相を見て、「恋愛線が全くありませんね。」と言っていた)…のに。


 結婚を決めた。相手は、私に急に「幸せにするよ」と言ってくれる人だ。別に彼に幸せにしてもらおうとは思っていない。私は、自分で幸せになるために、彼を選んだ。偶然、彼も私を選んでくれた。自分で幸せになるために、結婚を選んだ。喧嘩もするし、彼の要領の良さを羨むことも、彼の飲むお酒の量にうんざりすることも、選ぶ服や髪型のセットの仕方に飽きれることもある。しかし、それよりも一緒にいて楽しい気持ちが勝るので、結婚することにした。



たんぽぽがたんぽるぽるになったよう姓が変わったあとの世界は/雪舟えま『たんぽるぽる』



 結婚の短歌として有名なのはこの一首。私はまだまだ「川上まなみです」と自己紹介をしてしまう。姓はすでに変わったのに。彼の呼び方を「旦那」とか「夫」というのにも慣れないし、自分を「妻」というのも慣れない。けれど、人生は違った形で進んでいく。


 誰かに幸せになんかされるもんか、と私は思う。幸せくらい自分で掴んでやる。そう思って、私は彼の手を掴む。彼は、まだ、私を幸せにしてやろうと企んでいるような表情で笑う。幸せになりたくて選んだ人を隣に、私はとりあえずこの人生を生きていくことにした。


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