今、ここ、どこか28 Hika
- 川上 まなみ
- 2月21日
- 読了時間: 5分
更新日:2月22日
毎晩全自動で短歌1000首を推敲できる時代に、短歌をさらに豊かにするにはどうしよう? 武田ひか
AIが生活に浸透して、もう二年ほどが経つ。
最近のお気に入りは、数人の友達が集まるDiscordの会話の自動転記だ。自分の発言だけをクラウド上にコピーして、その日のメモと合わせて毎晩AIに分析させる。次の日にやるべきこと、振り返り、やりたいのにやれていないこと。それらが全自動でレポートとして生成される。
以前はメモを取ることすら億劫で、取ったとしても結局見返すことなく死蔵させていたが、もはや自分で筆をとる必要すらない。何気ない会話が、そのままアイデア帳になり、ToDoリストになり、週報や月報、年間の振り返りになる。私の記憶と記録は整理され続けている。うれしい。
けれど、短歌を作るのにAIを使ったことは一度もない。AIで短歌を作ることを否定するつもりはないし、多くの人が試みていることも知っている。けれど、私は今のところ全く使っていない。単に、私は作歌の過程が好きで、楽しいからだ。
もちろん「AIには良い短歌が作れない」なんてナイーブな発言をしたいわけではない。断言してもいいが、そんな時代はとっくの昔に過ぎ去った。
例えば毎日1000首の短歌を生成し、一定の基準で推敲して50首の連作に束ねる全自動のシステムを作ろうと思えば今から一時間もあれば作れる。その50首はそのままでは使えないかもしれないが、1000回推敲させたらどうだろう。50首と50首をバトルさせて勝ち抜きトーナメントを自動開催することもできる。好みの名歌を読み込ませ、センスを反映させることもできるだろう。毎回10首に絞って、残りの40首を提出させ、良いのがあったら加える。そのループを繰り返しても良い。
全部無料で実現できるし一時間もかからずに作れる。やり方をあなたに三十分で教えられる。私はプログラミングを知らないが、そんな私でもできることだ。
そうして出来上がった五十首を角川短歌賞に送り、それが賞を取る。そんな未来は容易に想像がつくし、選歌眼さえあれば次の締め切りにだって間に合うだろう。テキストだけであれば、それがAIの作品だと誰も見抜けはしない。けれど、もしそれで角川短歌賞を取ったとして次は何をするのか。
角川短歌賞よりも大きな新人賞はない。AIで短歌を作りました、と高らかに謳って、その受賞作を受け入れられる土壌が短歌をとりまく現在の環境にあるとは思えない。じゃあ次は何をする? また同じことを歌集でも繰り返す。AIが無限に推敲した短歌しか入っていない歌集を出し、それを隠したまま批評会に出る。各地から呼ばれる歌会にどのような顔をして参加すればいいのか。
AIは、短歌という詩型において完全に「素晴らしく見える」ものを作ることができる。小説のような長い文章でAIと共作をするのが難しくないのは、数万字というボリュームがあるがゆえに自動で書かれた箇所を削ったり、自分の言葉を後から差し込んだりして、全体を調整し作り変えて自分自身の言葉にしていく介入の余地がいくらでもあるからだ。
一方短歌では成果をそのまま丸呑みするか、あるいは全部捨てるか。そうするのが結局一番早くなる。つまりAIを創作に活かせるのは、自分が介入する余地があるときだけだ。短歌にも僅かながらにある余地は、感覚としては他人の歌を選ぶことに近く、自分自身の作品だと胸を張るには難しい。たとえば「夏」という単語を「冬」に変えただけのAIの短歌作品を自分のものだとは私は信じきれない。それは自分の歌の助詞を検討するのとは全く感覚が違う。作品に誇りを持てなければ、AI短歌の作者が承認欲求の末に願ったはずの著者サイン会、講演、次の本も、すべては虚無だ。そんなのはAIを自動化した先の結果として望んでいないのではないだろうか。
何より、賞を取ったその瞬間、もう短歌に飽きてしまっているはずだ。短歌においてはすくなくとも、この技術を新人賞獲りに使うのはあまりにお粗末だ。誰も幸せになっていない。
そんなことよりも、もし短歌が好きで、かつAIも使いこなせる場所にいるのなら提案したいことがある。それは、その承認欲求を業界全体のパイを広げるために使ってくれないかということだ。既存のゲームに参加するのではなく、面白さそのものを作るような試行錯誤をみたい。今あるパイを食い荒らすのではなく、もっと業界全体を広げて価値を作るために。まだAI短歌での第一人者は生まれていないと思うから、目立ちたいのならかなりチャンスだと思うし、そっちのほうが良いルート。
つまり短歌とAIで満たされたいと願う欲望で、新しい試みをすることに興味はないだろうか。例えば、AIで作った秀歌を300首用意して、今のトップランナーの歌人たちに見せてみる。一人一人に丁寧に説明した上で、念入りに宣伝して、そういった対話の場所を勇気を出して作ってみる。そういう雑誌を5回発行して議論を蓄積する。あるいは、AI作品だけを応募できる新人賞を主催してみる。ちょっと面白いかもしれない。もしボーナスのうち5万円でも賞金に当てることができれば、もっと多くのアイデアが周囲から湧き出て、より良いアイデアを持ったプレイヤーが増えるかもしれない。
そうして知見を溜め、素晴らしいと信じられる作品やアイデアを持った上で、業界の外から新しい読者や作者を引っ張ってくるような施策を仕掛ける。今までになかった速度で外へと広げつつ、内側の議論も活性化させるような施策。もちろん批判も出るだろう。しかしそれは間違いなく「実はAIで作りました^^」と新人賞の場で言い放つよりもよっぽど建設的で、面白く、長期的に見て意味のあるトライだと私は思う。
いまこれを書いているのは、2026年1月28日の深夜。ChatGPTのプロトタイプが2022年に公開されてから、三年が経った。たった三年。三年でこれだ。近い未来、自律的に動くAIエージェントが全員に配られるだろう。それが意味するのは、先に述べたような「毎日1000首を作り、選び、推敲し、無限に繰り返す」という全自動の営みがスマホアプリのボタン一つでだれでも行えるようになるということだ。
そして繰り返しになるが、実のところ、ツールを少し触れる人にとってはそれは未来の話ですらない。やろうと思えば、今夜にでも実現できる現在の話なのだ。
そのような破壊的ともいっていい状況の中で、どのように短歌を読み、書いて、豊かにしていけるのか。否が応でも突きつけられるその問いと機会を、どう考え、どう楽しんでいけばいいのか。よりよい方向に進んでいくといいなと思う。心の底から。






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