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今、ここ、どこか20 Hika

  • 執筆者の写真: 川上 まなみ
    川上 まなみ
  • 2025年12月20日
  • 読了時間: 3分

高島平について 武田ひか



以前、東京について書いたとき、思い出す場所として新宿のことを挙げた。しかし落ち着いて考えてみれば、私にとっての「東京」はまず高島平のことなのだと思う。これからどのように老いていくとしても、おそらく東京という地名に最も強く結びついている私の記憶は、高島平にある。


初めて東京に住んだとき、二ヶ月目から五ヶ月目ほどを過ごした街が高島平だった。東京都と埼玉県の境目あたり、荒川沿いの町。最寄駅は新高島平で、終点からひとつ前の駅だ。そこに住むと決めた理由は単純で、当時勤めていた会社まで都営三田線で一本で行けること、そして二十三区内では家賃が安かったこと、この二つだけだった。


漫画『婚活バトルフィールド37』の主人公・赤木ユカは「年収500万…!? 23区なら住めても西高島平… 断じて私は西高島平どまりの女ではない‼︎」とこの土地を揶揄するが、たしかに近年の東京の家賃相場の中では破格と言っていい。中心部で10万円超払って1Kや1LDKに住むくらいなら、同じ額で2Kに住めるオプションがあるはずだ。


東京で働き始めたばかりの頃、手取りはボーナス込みで月20万円ほど。高い家賃を払いたくないという条件を前提に、通勤との兼ね合いを考えると高島平に住むという選択肢は魅力的だった。ただし家賃激安の5畳ほどのシェアハウスに住んでいて、キッチンはぬめっており、隣人もおっかない。今調べたら本当の広さは3.8畳であった。


でも、あの時期はたしかに良かったのだ。新高島平駅の周辺は、東京とは思えない空気をまとっているのが不思議だった。駅を降りてすぐに焼きそば屋さんがあり「焼きそば発祥」といった嘘かほんとかわからない看板が掲げられていた。うまい焼きそばが食えるし、「焼きそば」ではなかったかもしれない。道には紫陽花が多く植わっていて、家までの帰り道には小さな公園がある。その公園の夜、不可思議/wonderboyを聴いていた。会社にいく朝はまいばすけっとで299円ののり弁と缶珈琲を買って、電車にのった。少し歩いたところにあるスーパーの二階は、地元にある服屋さんの香りがたちこめていて嬉しかったのを思い出す。


初めて行った店や、初めて歩いた道はなかなか色あせない。その後どれだけ美味しい店や素敵な景色に出会ったとしても、最初に訪れた汚いお店や、安い酒の味の方が妙に鮮明で、記憶に残っていく。


長崎の出身で、これまでいくつかの土地を転々としてきた。いまのところ最も長く住んだのは岡山県で、東京でも短くない時間を過ごした。そしてきっと、これからの人生ではもっと多くの場所に住むのだと思う。そうなれば思い出はどんどん圧縮され、多くのものは曖昧になり、やがて思い出せなくなるだろう。


それでも、生活の始まりの記憶だけは別だ。始まりにある手触りは、他とは違う強さで心に残り続ける。高島平での数ヶ月はまさにその始まりであり忘れがたい。


高島平を離れて一年以上が過ぎた頃、練馬に住む友人と荒川まで歩いたことがある。その途中で高島平を通った。一度だけひとりで荒川の近くまで歩いたので、同じような道、同じ景色を再びみることができた。そのときに押し寄せてきた懐かしい気持ちは、素晴らしかった。


遠くから来る自転車をさがしてた 春の陽、瞳、まぶしい、どなた/東直子『青卵』


最近は東直子を繰り返し読んでいる。


 
 
 

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