今、ここ、どこか25 Manami
- 川上 まなみ
- 1月31日
- 読了時間: 4分
小学校の先生 川上まなみ
二年前、アイルランドに行くために教員を辞めた私は、急遽帰国して教員に戻った。教員の仕事が好きな反面、死ぬほど働いて残業して疲れ果てていたので、心のどこかで「戻ってなんかくるもんか。」と思っていた。しかし、私は今日も疲れたままの身体を引きずりながらそれでも、学校へ通っている。
ただし、今までとはずいぶん勝手が違う。というのも、私は中学校での勤務しかしたことが無かったのだ。今勤務しているのは小学校。それも私は低学年の担当なので、中学校とはずいぶん違う。実は小学生を教えるための教員免許は取得していない。だから小学生への教育は、一から勉強中である。担任という立場ではないから教員免許がなくても働けるものの、今まで中学生としか関わってこず、勢いだけでどうにかしていた私にとって、小学生は未知だ。
例えば、通じない言葉が多い。彼らの辞書の中には存在しない言葉が多く、少し難しい言葉を使うと「それ何?」と聞かれてしまう。「挙手をしましょう。」と指示をしたところ、「きょしゅってなーに?」と言われて、「ああ、こんな言葉でさえも通じないのか…」と驚いた。人間は小学生の間に本当にたくさんの言葉を覚えて、そして中学生になるのだと納得する。
そして、具体的な指示しか通らないのも面白い。例えば「もっと早く」とか「しっかりする」とか、曖昧な指示は通らないのに、「三秒でやって!」とか「足を地面につけて、良い姿勢になりましょう。」というと、するっと通じる。これは、小学校教諭の「技」だなぁと思う。最初は感心して他の教員たちを見ていたものの、私は早い段階でこの「具体的」を覚えた。今では、「十秒で片付けましょう」「チャイムが鳴り終わるまでに座りましょう。」と魔法をかけるように(小学生は素直なので、指示には必ず全力で答えてくれる)子どもたちを動かすことができる。
さらに、小学校教諭というのはまるでアイドルのようだ。私は地元の小学校で勤務しているので、町で小学生と会うことも多いのだが、町で会うと子どもたちは「せんせーい!」と呼んでくれる。ハイタッチをしにやってくる子もいる。だから私はどんなときも笑顔で、手を振らなければならない。中学生は恥ずかしがって、町で会っても無視な子が多いのに。
十月からの勤務で(学校は四月にすべての教員が揃うので、年度途中から新たな教員が来ることはほとんどない)児童らは私に興味を持ってくれている。「先生はどこから来たの?」「今まではどこにいたの?」と言われて、「私はね、別の国に住んでたんだよ。」というと、「えー」と驚いてくれる。そして、「別の国ってこわそう」とか「英語ができないからわたしはむりー」とか「フランスに行ってみたいー。先生は行った?」とか口々に感想をくれる。
勤務をしながら、私は今日本にいるのだな、と思う。きっと今頃、アイルランドはクリスマスに染まっているだろう。私の住んでいた部屋はきっと別の誰かが住んでいる。一度も使わなかったヒーターが動いていて、窓から見える景色は冬の色になっている。そうやって、心を遠くに飛ばす。しかし、私は、この混沌とした日本の小学校で働いていて、日本にいて、笑ったり怒ったりしている。笑いたくないほど疲れているときも、イライラしているときも、アイドルのようににこにこして、児童を見つけ手を降りハイタッチをする。
初めから心が外にある季節 屋上にある扉に鍵を/小島なお『卵(らん)降る』
パラレルワールドに住む別の運命の私がアイルランドの街を寒そうに歩いている姿を想像する。マフラーをきっちり巻いた、ひとりの真顔の私。そんな想像をしているとき、私の心は、ふわふわとアイルランドに飛んでいく。やはり異国の地だから緊張した面持ちで、寒さを寂しさへと変換させながら。しかし、心は、ここからはだいぶ遠い街だからだろうか、すぐにこの日本のもとに戻ってくる。ここは暖かい。知らない街ではない。でも、こちらにいながら少し落ち着かないのは、私の留学が中途半端に途切れてしまったからなのかもしれない。





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