今、ここ、どこか39 Hika
- 川上 まなみ
- 5月23日
- 読了時間: 3分
お土産屋さんのマグネット 武田ひか
このエッセイも今回込みであと二回で終わるらしいが、なにも書きたいことが思いつかない。最後に書きたい内容は一つ決まっていて、しかし準最終回の今回はなにもない。そして終わりが近づくとおもうと肩の力が妙に入るような心地がする。
さいきんのことを書こう。友達がチェコに遊びに来てくれたのだった。今回の旅行では足を伸ばしてウィーンに遊びにもいった。ウィーンまでは電車でだいたい四時間で、新幹線みたいに車内で作業が捗るというわけでもなく、音楽を聴きながら外を眺めるしかできなくて結構しんどい道のりだった。
今回の友達グループは大学時代の音楽サークル仲間でマーラーの交響曲は聴きにいったけれど、かれらは短歌を読まないので短歌の話はいっさいしない。短歌の話をしなければいけない友達と、しなくてもいい友達は同数いるのが良い。
あれはフラミンゴの水辺 会うまでの会いたさ宿す手を曲げながら/柴田千絵
友達のことをよく考える。フラミンゴの歌を最近読んで、いい歌やなあと思った。海硝子録という評文の企画にも評を書いた。そこには書かなかったこととして、このフラミンゴたちは指させる距離だから淡くて鮮烈なのやなというのがある。このフラミンゴの大群がちかづいてくると、糞や獣の匂いや彼らの顔面にわたしはどんどんうんざりするだろう。それは会いたさと会った後のきもちに似ている気がしている。たしかに見慣れぬピンクの鳥がちかづいてきたときのうれしさはスパークであるけれども、ボードゲームで負けがこんでしまって三日もベッドを奪われて床で寝るときのいらいらは計り知れない。ボードゲームというのは本気でいらいらできる遊びだ。
しかしこんなことを言っていてはいけない。なぜなら彼らは飛んできてくれたのだから。つぎはいつ会えるのかもわからない。ひょんなことから会う希望が絶たれてしまうことはきっとこれからどんどん増えていくだろう。増えてほしくないなあ。みんなずっと生きていて、わたしより後に死んで欲しいとおもう。
チェコの南部にはチェスキークルムロフといううつくしい街がある。こちらまで飛んできてくれた友達に必ず案内する場所で、そのたびにわたしはお土産屋さんで冷蔵庫用のマグネットを買って帰るようにしている。いま部屋にある冷蔵庫にはもうポケモンパンのシールは見当たらなくて、この「Český Krumlov」と書かれたマグネットしか貼られていない。裏には日付と、友達の名前が書いてある。これを見ている方につきましては、わたしが死んだ時にこのマグネットたちを棺に入れてもらえると助かります。






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