top of page

今、ここ、どこか40 Yuuki

  • 執筆者の写真: 川上 まなみ
    川上 まなみ
  • 6月13日
  • 読了時間: 8分

2026年5月の日記 平尾勇貴



2026/5/XX

春の季節にはいつもおれ自身のことを天才だと信じてやまないし、そういう時にosmo pocket4を買ったものだから、猿島へ行こう、そうして猿島へ行き、友人が日本軍が駐在していた時の遺構を撮るのを、osmo pocket4で撮っていた。


2026/5/XX

世の中には日本酒を二合以上飲めない人はお断りという蕎麦屋があり、バイブスが合う同僚と一緒に行った。バイブスが合った。


2026/5/XX

職場でお世話になっている先輩の結婚パーティに参加。銀座のBARを貸し切って総勢100人近くはいたのではないだろうか。オールスター感謝祭みたいな感じで参加者にまつわるクイズ大会があり、コーラ一気飲み競争があり、逆ロシアンルーレットがあった。天才の仕事で溢れている。


2026/5/XX

滝口悠生さんに小説を読んでもらう機会があり、褒めてもらえたので以下に全文を転載します。題は「焚き火」。今月はこれでおしまい。



焚き火をしようと言い出したんはミツキだった。それはめずらしかった。いつも誘うのはぼくばかりやったんで、どういう風の吹き回しかと訝しんでしまったくらいやった。ミツキは普段から口数が少ないんやけど、今日も駅前で待ち合わせたときに右手を軽く挙げた以外は一度も喋らんかった。といってもぼくのほうも特に困らんかったんで、そのまま移動してレンタカー借りて、ミツキは助手席に座り、ぼくの運転で海浜公園を目指した。道中、ミツキはずっと岩波の文庫を読んどった。なんの本読んでるん、と本を指しながら言うたら、ぼくに表紙を軽く向けただけで、そのままもういちど本読みにふけり込んだ。たしか、他者の何とかという漢字多めの長いタイトルやった。


海浜公園の駐車場に着いたら晩春にしては思ったより風が強うて空気も冷とうて、ミツキは開けたドアを秒で閉めて露骨にげんなりした表情を作るし、ぼくはそういやこいつ寒いのダメなんやったと思いだした。後部座席に前遊んだときに友達が忘れてったウィンドブレーカーがあったから、それをミツキに羽織ってもろて、まあ着とったら焚き火で暖まるうちに暖まるっしょ、と言うた。駐車場にはほとんど他の客が居なかった。


円錐形に組んだ木材から煙とともに焦げた匂いが鼻の奥へ届いて、火を熾すときのぱち、ぱち、と爆ぜる音がし始めて、火を熾すいうんはなんやすごい立体的やなと思いながら、焚き火って立体的だよな、と言葉で言いたい気持ちになり、ミツキを見やったら、やや眠そうな顔をしとったから、あー、なんかここで会話するんは野暮やな、という変な計算が働いて、黙ったほうがかっこええけん黙っとこうか思って、黙っといた。ミツキはでもずっと薄っすら目を開けてはいて、寝てはいなくて、たまに火箸で焼け落ちて崩れていく木材の配置を組み替えたりしていた。そのうちいつもの焚き火の心地よさがぼくにも到達し始めたから、ぼくもちゃんと焚き火をすることにした。ぼくにとっての焚き火いうんは、youtubeやtiktokのショート動画を永遠にスワイプしとるんとよう似とるんやけど、でも、まあそれよりは情報量が少のうて豊かな気持ちになるんよな。


その日初めてミツキが喋ったんは、木が熱されている鉄みたいに輝きながら赤くなって安定して盛んに燃えているときで、ぼくがぼんやり火を見よったら、ミツキは手話で、日本語でいえば(あまり喋る元気がない)というようなことを言うた。あー、はいはい、そういうモードね、と思いながらぼくも手話で、(病んでいるのか?)と言うたら、(最近なんとなく声を使うのが疲れるだけ/病んではいない)ということを、実際の手話ではもうちょい雑に言うた。


やけど、それからのミツキは結構お喋りやった。どんな話やったっけな。ミツキは新聞社で記者やっとんやけど、ミツキ自身が難聴やからか、聴覚障害とかバリアフリーとか、そういう、福祉っぽいテーマの取材を大体任されとった。ミツキも最初のうちは意気込んでいろいろ書きよって、やから聞こえへんひとの界隈ではそこそこ有名なくらいやったらしいんやけど、ある時からぱたっと聴覚障害の記事が出んようになった。それはぼくも知っとったから、まあそらなんでやろなとは思ったけど、そんなん本人の勝手やし、やけんそんな深くは突っ込まんかった。書かんかったんは、落ち込んどったかららしい。それを今日初めて聞いた。手話やから聞いたっていうんは変なんやけどな。


ミツキはこのへんの話を近況報告として通りいっぺんに言うて、それからちょっとない黙ってから、片手で、(おれはろう者ではない/しかし聴者でもない/おれは難聴者だ/なぜ?)という意味の手話をやや早振りぎみにした。手話の意味がぼくに到達するよりもはやく、ミツキは今日これが言いたかったんやろうなと、その話し方でぼくは思った。なんて言うたらええかわからんのやけど、とにかく、そんな感じがして、わかった。別れようとする恋人たちの片方が決定的な一言を言うとき、それが発される前にすでにしてもう片方が了解するみたいに。


でもぼくは率直にいって、そういう話はわりとどうでもよかった。(知らない/きみは難聴だ/そういうものではないか?)


そしたらミツキは掴んでいた火鉢を脇に置いて、(最近おれは自分がキリストみたいだと思った)と話した。


(キリスト? きみはメシアだということを意味するのか?)


(違う)


ミツキはそれだけ手話で言うて、また黙りこんだ。組み上げた木の一本が内側へ倒れ込み火床を叩いて、火の粉がぱっと弾けて、すぐ風に流されて消えた。ミツキの顔はそれを見ていた。続きを言う気があるんかないんかよう分からん間やったから、ぼくも黙っとった。


ちょっとないして、ミツキは続けた。


(神にもなれないが、人間にもなれない奴という意味)


(よく分からない/君がそういう存在だとして、きみは誰かを救うのか?)


(誰かを救うというのではない)


ここで、ぼくがいまこうやって日本語でミツキの主語をおれ、言うんはちょっと悩んどって、手話では英語のIみたいにおれとかわたしとかぼくとかの呼称の区別がないんやけど、でもまあミツキがいつも音声日本語でなんか喋るときにはおれは、言うからたぶんおれなんやろうけど、ミツキの手話の人格がいう一人称がほんまにおれなんかは分からん。でもニュアンス変わるよな。手話ではもっとかしこまっとんか、それともワイは、みたいにくだけとんか。ぼくにはその辺までは分からん。


言葉をつぐのを待っとったんやけど、またミツキはしばらく黙ったから、ぼくも黙った。焚き火はミツキが差し込んだ木材のぶん、まだ強めに燃えていた。喋ったあとに急に黙ったらしんとなるあの感じは、手話でやってもなるんやな、と思った。


そのうちミツキはゆっくりとひとつずつ言葉を選ぶように、


(おれは日本語を使って聞き、喋る/それはなぜ?/おれは聞こえにくい/おれは手話ではなく日本語で育てられた/おれは補聴器を着け、残存聴力を使う/聞き取りの練習をし、発音訓練を受けた/おれの普段のコミュニケーションは音声日本語だ/しかしおれの耳にそれは届かない/テレビも動画も字幕がないと無理だ/電話もできない/発音も苦手だ/喋るときは明瞭さを意識して何度か発声しないと通じない/日本語とおれは馴染んでいない/おれが日本語を使い話すのはなぜ?/日本語は聞こえる人たちの言葉だ/おれは母語が日本語だ/おれは日本語しか自由に使えない/日本語への怒りをいうには、その当のおれ自身を疎外している日本語を使わなければならない)


訥々とした手話やったから上手く読みとれたんかは分からんけど、こういうことを言っとった。いや、意味は理解したつもりやけども、なにか躓いてしもとるとも思った。ぼくがいま受け止めて考えたことを、ぼくはどうやってミツキに返すんやろか。手話でか? ぼくの手話は日常会話レベルで、込み入ったことは言えんくて、やけん日本語で返すしかない。けど、いまミツキが言うたことは、日本語で返してほしくない種類のことなんちゃうか、って思うわな。


ぼくの指は何度か言葉のかたちをとろうとして、やけど待っとってもぜんぜん言葉は来んくて、しばらく宙に浮かべたまま、結局あきらめた。ぼくやって母語は日本語で、やから手話で返そうとしたら、まず日本語で考えて文を組み立てて、それを手話に直そうとするからな。やけん、ぼくが手話で言うことは、結局日本語で考えたことの翻訳でしかのうて、やから日本語の側に都合のええ話にすぎんくて、ミツキがいま言うた話の外側にあるんちゃうかな。ぼくは日本語のなかにあんまりにも無自覚に住んどって、それは居心地がええから、そこから一歩も出られんかった。ミツキを疎外しとるとかいう、その当の日本語のなかに、ぼくはまるごと収まっとった。


ぼくは手話すんのをやめて、口を開きかけて、でも声を出すんもやめて、結局なんも言わんかった。やけど黙っとってもなんやし、なんとなく火箸を拾い上げて、勢いが弱くなってきた火に木を一本くべて、そしたら木の重みで火床が少し沈んで、火のかたちがいったん崩れて、また勝手によみがえった。ミツキの顔はやっぱり焚き火の方を見よった。それでぼくのほうは見んと、(焚き火は良い)言うた。


まあ確かに、そら火は喋らんし、聞かんし、ただ燃えとるだけやからな。なんというたらええか分からんけど、無機質な、こういうカタカナ言うんは好かんのやけど、無機質なユニバーサルさみたいなもんがあるわな。無機質であるいうことは誰も疎外せんからな。たぶんミツキはそういうもんと一緒におりたかったんやろう。ぼくがそこに居合わせたんはたぶんおまけみたいなもんで、ぼくが日本語を喋らんかったらまだましやったんかもしれん。けど、まあ、ぼくは口を閉じることはできるし、じっさい、この数十分は閉じとったから、それでよかったんかもしれん。どうやろな。


風がまた吹いた。寒さが濃うなった。ミツキはウィンドブレーカーの襟を締めた。灰が吹き飛んでほぼ炭になっている木が赤く光って、もうしばらくは燃え続けそうやった。ぼくは火箸を取って、崩れかけとった木を内側に寄せた。ぱち、というて、煙が抜けてった。


火の揺らいどるのを見とると、ぼくの眼の表面がだんだん乾いてきて、ひりひりと痛うなった。ミツキも何度か強く眼をつぶったりしとった。日本語のなかにおるぼくは、ミツキに何がでけるんやろうなと思った。でも火はそういうことを誰にも聞かんし、誰にも話さんしな。やから便利なんやな。そやけど、火やないからな。

 
 
 

関連記事

すべて表示
今、ここ、どこか39 Hika

お土産屋さんのマグネット 武田ひか  このエッセイも今回込みであと二回で終わるらしいが、なにも書きたいことが思いつかない。最後に書きたい内容は一つ決まっていて、しかし準最終回の今回はなにもない。そして終わりが近づくとおもうと肩の力が妙に入るような心地がする。  さいきんのことを書こう。友達がチェコに遊びに来てくれたのだった。今回の旅行では足を伸ばしてウィーンに遊びにもいった。ウィーンまでは電車でだ

 
 
 
今、ここ、どこか38 Rin

グランドキャニオンと白桃 長谷川麟  先日、妻とグランドキャニオンを見に旅行に行った。  このエッセイで、その壮大さについて語ってみようと思っていた。けれど、どんなことを書こうか考えているうちに、ついつい道中の些細な気づきや、妻との会話のほうばかりが面白くなってしまう。  それは、グランドキャニオンで感じた素晴らしさや壮大さを、言葉にすること自体が難しいからだ。富士山を見た感想を書けと言われるのに

 
 
 

コメント


おすすめ記事

​株式会社ミロヴィア

©2024 Studio Ishtar  All Rights Reserved.

ef85b0bf-df7b-4430-9f24-6f05b63a05e4.png
bottom of page